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平成3年(1991年)生まれの私が生きてきたインターネットサービス総振り返り

今晩は、(@gr2kinari)です。

年の瀬ですが、いろんな媒体に散らばっていたテキストをやっとこさ統一したので、昔から1度やってみたかったインターネットサービス総振り返りをしたいと思います。だいぶ昔Twitter上でぽちぽち呟いた気はするけど、特にまとめてはいなかったのでここらできちんと書き綴ってみようと思う。因みに私は平成3年生まれのゆとりど真ん中と呼ばれる世代です。6歳上に姉がいた影響もあり、好みが若干上の世代かもしれないけれど何はともあれ振り返ります。

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◆初めてのインターネット

小学3年生になった頃、家に初めてインターネット回線が引かれました。

インターネットを繋げるまでは、最近すっかり見なくなった大きな箱に入ったパソコンソフトで、コニーちゃんの絵手紙ソフトだとか、ペイント、CG映像制作ソフトで遊んでいたので、PCに触れたのはたぶんもう少しだけ早い。

小3となると、恐らく2000年頃ですね、ポケットビスケッツの卒業と同じ頃だった気がする。最初にハマったのは小学生女児らしい少女漫画の公式サイト。ちゃお、りぼん、なかよしの3誌のうちのどれかで、(ものすごい記憶がおぼろげ)チョコレートケーキをつくったり、落ちてきたフルーツをキャッチするようなゲームだった。

 

◆ヲタク文化に触れるインターネット

●「〇〇同盟参加中!」ハイパーリンクで世界の広さを知った

f:id:gr2kinari:20151227220406j:plain(画像引用: 私立ギャルゲー学園 第5回は、学園恋愛ゲームの金字塔的作品『ときめきメモリアル』 - ファミ通.com )

姉の影響もあって、小学生当時からときメモのゲームをやっていました。

今思えば、風邪で学校を休んだのに、自宅でときメモやってる女児ってマジキチ以外のなにものでもないですね…。しかも推しメンはコアラ(館林見晴)というマニアックっぷり。コアラの他にはゆみちゃん(早乙女優美)が好きでした…が、落としたのは虹野さん(虹野沙希)だったり…。っと脱線しましたが、この"ときメモ"経由でハマったのがランキング機能です。今でこそAKB48前田敦子夜露死苦1位はさっしーでフォー!!!!な人気投票文化が社会現象になりましたが、当時はキャラクターの人気投票。推しメンを1位にしてあげたいといった純粋な気持ちからとにかくコアラに投票しまくっていたら、ページの下部の方に「〇〇同盟参加中!」といったバナーを見付けたんです。

そうです、〇〇同盟です。0年代にネットでヲタクやってた人にはギクリとした方も多くいるんじゃないでしょうか…バナーを押すと、同盟に参加しているHPとひたすら繋がっていくあれです。私はこの同盟バナーによって、ハイパーリンクにどっぷり浸かりました。勿論例外に漏れず、同盟入りました。つくりました。

 

●同世代以外と知り合える、ヲタクと知り合えるチャット文化

小学5年生になる少し前に、最寄り駅のないモノホンの田舎街から少しだけ発展した隣町に引っ越しをしました。当然学校も変わったわけですが、これがインターネットにどっぷり浸かるきっかけになった。

所謂ヲタクな趣味は当時からあったものの、非常におっとりとした学校で、閉鎖的ではあるものの誰かを虐めるだとか、無視するとか、そういった陰湿な文化が全くなかった。学校が終われば学童保育の友達と竹馬乗ったり一輪車乗ったり、引っ越し前は元気に外で遊んでいました。

引っ越し後は生活がいっぺん、学校が終わればPCの前でカタカタ…一気に引きこもりに。転校生が多い学校だったこともあり、陰湿な虐めなどがあったわけではないものの、ブランド服を身にまとえば一躍人気者、大きな声を出したものが強者となるようなカースト制度、THE☆女子社会マウンティングばかやろうな文化にどうしても馴染めず。。。元々アニメや漫画が好きだったことが昂じて(?)、趣味(CCさくらメインのCLAMP系)のチャットにどっぷり浸かりました。先に少し漏らした同盟も、チャットで知り合った友人と作りました。お互い大して好きでもないのに、何故かデジキャラットの同盟を作った覚えがあります。(推しはぷちこ。)

この頃周囲で流行っていたものとしては、

・フラッシュ動画(赤い部屋、ペリーさん、ラーメンズの日本語教室など)

ハンゲーム

・タイピングゲーム

ですね。フラッシュ動画は結構見ていたけど、ハンゲは全然やらなかったなぁ。最近FlashHTML5にとって代わられるからなくなるZE☆ってニュースが飛び交うわけで、ちょっと寂しさは感じます。

 

◆あれ、私でもつくれるじゃん?簡単にHPが作成できた喜び

同盟を作ったときにふんわり触っていたわけですが、小5,6年生の頃には自身で簡単なHPを作る楽しみを覚えました。当時よく使っていた無料HP作成ツールが「サイバーキッズ共和国」、「魔法の国iランド」の2つ。これに慣れてきたあたりで、「ヤプログ!」で日記を書いたり「しぃペインター」でお絵かき掲示板をレンタルしたり…。

f:id:gr2kinari:20151227220739g:plain(画像引用: どうやって使うの?

中学生になる頃にはFC2の無料レンタルサーバーを借りて、HTMLをガチャガチャしながら見よう見まねでサイトを作ってました。

 同時にハマったのが「ふみコミュ!」です。それまでお洒落やメイクには一切興味を持たなかったけれど、ここで女子に必要なハウツーをたくさん学びました。

 

◆携帯電話でいつでもどこでもインタネッツ!ヲタク以外もインタネッツ?!

小学生で「チャット」「同盟」「夢小説」を通り、中学生では「ブログ」「フリー素材作成」(ピクトベアーでロゴとか作って配布してました。なつかしい)「HP作成」を学んだ私。高校生にあがる少し前に流行ったのが、あの「前略プロフィール」です。これ同世代の多くの人が通ったであろう落とし穴ですよ。クラスの女子の半数はもってましまたもん。高校上がる前とかに、前略で絡んだりしてました。「デコログ」とかが流行ったのもちょうどこの頃。既に着うたが終焉を迎えそうな時期でした。

前略プロフと同時進行だったのが「モバゲータウン」ですね。ゲームがメインコンテンツであるものの、チャット文化に慣れていた私はコミュニティに参加してSNSとして楽しんでいました。オフ会なんかも行ったりして、すごい楽しかったことを覚えています。初めてインターネット上でヲタクじゃない友達とつながったのも新しかった。当時は少し尖ったファッションをしていたので、お洒落コミュニティに入って様々なお洒落人とつながってました。古着屋さんのオーナーとか、服飾専門学生とかモデルとか、当時は急に自分が大人になったように感じた。

 

◆ヲタクからの脱却。インターネットは誰のもの?何のため?

ヲタク活動から目を背けていた高校時代に1番使っていたのがモバゲー、後はまだ招待制だった頃の「mixi」,大学入学前くらい(2009年頃)に周囲でも流行っていた印象です。〔2010年度入学者の集い〕というグループで、大学の入学式当日には友達がたくさんできて、とても嬉しくて、この時また、ネットの恩恵を受けた。

ただ、今までインターネットはオンラインで新しい知らない誰かと知り合う世界だったものが、前略やmixiによって急激にオフラインが食い込んできた記憶があります。友達とネットで気軽にコミュニケ―ションとれるのは楽しかったけど、急に息苦しさを覚えたのもやっぱりこのへんかも。

電車男が一通り流行って、ヲタクが社会的に認知され始めた時代。親しい友人以外にはヲタクであることを隠し気味にスイーツ()女子をしていたので、ニコニコ動画の盛り上がりは見ないようにしてた。だからニコ動文化はてんでわかりません。(余談ですが、涼宮ハルヒらき☆すたも見ていません。ひぐらしは我慢ならず見たけど。。)

 

スマホの普及,大学リアル生活の安定とオンラインの乖離

やはり大学入学後は、"知らない誰かと出会う"ためのツールとしてはあまり利用しなくなりました。mixiからその傾向はあったものの、よりクローズドな世界にどっぷり。一番よく利用していたのは「Twitter」と「Skype」。今でこそ「LINE」がライフラインになっているように、コミュニケ―ションを密にとる上でSkypeは欠かせないツールでした。時間が有り余っていた大学生時代、早朝までSkypeでチャットして、あほみたいに笑い転げていた。

節目節目で、大人や知人に広く発信するときだけ「Facebook」も利用。今もそうだけど、「Twitter」は距離感が非常に近い。だからうっかり関係性が浅い人と繋がると言いたいことも気楽に言えなくなるし、自分を苦しめるツールになってしまう気がする。

 

◆そして現在。情報過多、情報収集としてのインターネット

社会人2年目もあと4ヶ月で終わろうとしている現在(2015年12月末)、私のインターネットととの関わり方は非常に希薄になったように思っています。勿論 LINE,Twitter,Facebook等は頻繁に使っていますし、こうしてブログで思いを綴ってみたり、美味しいご飯屋さん探しは"食べログ"や"ぺこったー"を使って、食べたご飯は"miil"で毎日記録。ネイルの予約はMERYPASSからお店を見付けて、キュレーションサービスからユニクロのセール日を知るし、個人の面白ブログを見付けては友人にシェアする。

ただ少しびっくりなのは、少し前まで毎朝スマートニュースをチェックしていたのに、気がつけばLINE NWESはてブしか見なくなった。。

毎日チェックしていたブログも、TwitterのTLで流れてきてやっと見る程度になった。能動的に情報をとりに行くことが、段々と億劫になってきている。仕事柄、ITに対しての情報感度は常に高く持ち続けていたいと思っている。だからこそ、面白そうなもの、ランキング上位のアプリは取りあえずDLして一通り遊んでみるし、新サービスがローンチされれば取りあえず登録する。

昔はただただ好きでやっていたことが、いつしか自分の中で義務化していることに気付いてしまった。

 

私はインターネットによってずいぶんと助けられてきたと思う。

幼い頃、自分の半径数メートルの人が世の中のすべてだと思って絶望しそうになっていた時に、インターネットは別の居場所や可能性を与えてくれた。世界は、社会は思ったよりも広くて色々な見方や考え方があることを知った。

今、私がインターネットを通してやるべきこと、やりたいことってなんだろう?誰かの居場所づくりは出来るのかな、ブームをつくることはできるのかしら…。

そんなことを薄ぼんやりと考えながら、年末を迎えます。

 

<最後に>

今回の振り返りは、あくまで"私の"インターネットサービス史です。勿論同年代でも全然違ったサービスを辿ってきた人、全然違った思いでインターネットに触れてきた方は沢山いるかと思います。あまり浸からなかったものとして、pixivとか絵チャとかツイキャスとか…ネットサービスはたくさんたくさんあるので、色んな人のサービス振り返りが見たいなぁと思います。その1つのケースとしての、私の振り返りです。